鰲山里遺跡 ごうさんりいせき

鰲山里遺跡
ごうさんりいせき
Osan-ri-yujeok

韓国・江原道襄陽郡巽陽面鰲山里に所在する。櫛目文土器(新石器)時代の集落遺跡。遺跡は、東海岸から内陸に200mほど離れた雙湖と呼ばれる自然湖の周辺の砂丘上に立地している。遺跡が位置する砂丘は、もともとは雙湖の北辺に東西方向に長く形成されていたが、1977年の雙湖の埋没工事時に、この砂丘を利用したため現在は東西に2分されている。調査はソウル大学校が東側をA、西側をB地区に分けて行った。1981〜87年にわたる6次の調査の結果、A地区では住居跡が9軒と小割石遺構、B地区では住居跡2軒・野外炉・小割石遺構などが検出された。

A地区の層位は全部で6層である。1層は暗黄褐色粘土層で無文土器(青銅器)時代層、2層は黄褐色砂質層で櫛目文土器時代の層である。出土遺物は、中西部地方でよく見られる尖底の半卵形土器で、口縁部には短斜線文・斜格子文などを施し、胴部は横走魚骨文を主体とする。3層は暗褐色砂質層で、2層と境面には5㎝ほどの黒色砂質層の間層がある。4層は黄褐色砂質層で遺物は含まない。5層は堆積の状況から細分が可能で七つに区分できる。出土土器は2層とは異なり、平底の鉢形・壺形などが出土し、無文土器が多く見られる。5層では6軒の住居跡が検出された。住居跡の平面形態は円形であり、正方形の炉がある。出土遺物には平底の鉢・甕・壺形と隆起文土器などの土器と、結合式釣針・石刀形石器・漁網錘などの石器がある。文様は押捺文・陰刻文(沈線文)などが施されるが、口縁部の周辺に限定されている。6層は黄褐色砂質層で遺物を含まない。B地区も6層より構成されている。1層は暗黄褐色砂質層で、中西部地方の土器が出土する。3層は暗褐色砂質層で、住居跡1軒が検出された。5層は黒褐色砂質腐植土層で、積石遺構が検出された。2・4・6層は黄褐色砂質層で遺物を含まない。

放射性炭素年代は、A地区では7120±700BP、6780±1000BP、B地区では4360±50BP(中西部地方の土器が出土する住居跡)、12000±50BP(最下層の平底土器が出土する住居跡)である。この遺跡は東海岸地方の代表的な遺跡であり、朝鮮半島内でもっとも多くの地方の土器文化が見られるところである。このような現象は土器のみではなく、出土した黒曜石はその原産地が半島の東北地方(白頭山)であり、結合式釣針は南部地方でも現れるなど、石器でも同様に他地方の要素が見られる。また、住居跡の形態が竪穴ではなく、地上式であることも注目される。放射性炭素年代は、半島のなかでももっとも古くBC6000〜5000年である。

崔鐘赫)

以上、転載

 

 

 

*マップのピンは鰲山里先史遺跡博物館に立てています。拡大するとストリートビューで館の横の復元住居趾も見えます。