安鶴宮 あんかくきゅう
安鶴宮
あんかくきゅう
Anhak-gung
北朝鮮・ピョンヤン特別市の市街地から東北約7㎞にあり、南3㎞に大同江を臨む三国時代高句麗の宮殿遺跡。北の背後には一体の大城山城が控え、その南辺の蘇文峰に立つと全貌が一望される。15世紀に編纂された『東国輿地勝覧』巻51「平安 平壌府 古跡條」に「安鶴宮古址」という記載がある。建物群は、一辺約620mの菱形を呈する土石混築の土城壁によって四方を取り囲まれ、北・東・西城壁に各々1門を、南城壁には3門を開く。その中央に南宮とされるこの宮殿の中心建物があり、その北に中宮・北宮の建物が一列に並び、いずれも回廊や別の建物が取り付く。このほか西と東にも建物群が配される。城壁の構造・規模は地点によって異なるが、基底部の幅は8〜13mで、下部は石材を階段状あるいは垂直に3〜15段ほど、0.3〜2.4mまで積み上げ、その上を土を固めて傾斜を強くしながら高く造ってゆく。高さはもっともよく残っている地点では今でも5.5mに達する。城内の地形は、北部と中央部が高く、東部4分の1は落差が3m近くある低地形である。南宮の西には数個の大きな岩があり、庭園跡とされる。建物柱跡ほとんど礎石がなくなり、その基礎をなす割石を詰めた径1〜1.5mの丸い柱穴が残る。南門跡近くに残された礎石には今はかすかになった蓮華文が浮彫りされている。城内中心部の台地と西の低地には、全面的に各種の青灰色瓦片が散布しており、東部低地の北でも瓦片と礎石が発見された。なお、南門を出て真南に当たる大同江河畔の清湖里では、木橋の遺構が発掘されていて、朱雀大路の存在を推測される。
(永島暉臣慎)
以上、転載
