セロヴォ文化 せろぶぉぶんか

セロヴォ文化
せろぶぉぶんか
Serovo culture

ロシア・東シベリア、アンガラ・バイカルを中心とした地域の新石器時代の文化。分布は広くエニセイ川に至るアンガラ流域、レナ上流域、ポドカメンナヤ・ツングースカ川の流域沿いに墓跡と居住跡と推定される多層遺跡が知られている。墓制などの特徴をもとにイサコヴォ文化と明確に分離するのは困難とする見解もある。狩猟具・漁具の両者があるが、骨製弓の発見例が多い。骨器には鏃・銛・釣針・針入れ・錘・匙がある。石器には片刃・両刃の磨製石斧、組合せ式釣針石製軸部や、鏃・槍先・ナイフ・スクレーパーなどの打製石器のほか、植刃短剣・植刃ナイフがある。土器は丸底の深鉢で地文に網目の押捺と叩き板を使用する2種がある。口縁下に円形刺突文列や押出しによる円形浮文列を施すもののほか、櫛目文もある。器壁に1・3個の大きな貼瘤を付けた土器も見られる。当初のA.P.オクラドニコフの編年では、イサコヴォ、キトイ両文化の中間に位置づけられていたが、現在多層遺跡を加えた分析から起源・系統・存続期間について議論が分かれ、編年の軸組み自体がくずされた扱いが行われている。C14年代が重視されBC4000年紀終末〜3000年紀後葉に位置づけられている。

(藤川繁彦)

以上、転載