勒島遺跡 ろくとういせき

勒島遺跡
ろくとういせき
Neukdo-yujeok

韓国・慶尚南道泗川市勒島洞に所在する遺跡。勒島は、三千浦と南海郡昌善島の間に位置する。東西幅約720m、南北長約970mに、面積が約46haの多島海の中の一つの小島である。島の南と北には、標高がそれぞれ約90mと約60mの峰がそびえ、平面形があたかも落花生のような形をしている。二つの峰の間がくびれつつ平坦面をなすが、遺跡はその平坦面や東側傾斜面一帯に広がる。遺構や遺物が濃密に分布し、島全体が遺跡という様相を呈する。弥生時代中期併行期の無文土器(青銅器)時代後期を主とし、原三国(三韓)時代にまたがるが、ごく部分的に無文土器時代前期や三国時代加耶の遺物も出土する。遺跡の存在は1979年ごろから知られるとともに、弥生土器が採集されることで注目されてきた。

1985・86年の2度にわたり、釜山大学校博物館が初めて本格的に学術発掘を行った。その後、三千浦港と昌善島を結ぶ、橋梁を伴う道路工事計画に先立つ緊急発掘として、1998年から3次にわたる調査が実施された。発掘調査は、A・B・Cの3地区を、それぞれ慶南考古学研究所・釜山大学校・東亜大学校が分担して行われた。これまでに実施された各地区で貝塚が形成され、また、住居跡や墳墓などの遺構や多種多量の遺物が検出された。住居跡は竪穴式で、平面が(長)方形と円形の2種類があり、前者から後者へと時期的に変遷する。住居跡の壁際に、板石を組み合わせて作った竈と、それに続いて伸びるオンドル状の施設を伴うものが少なからず見られる。石の礎板を備えた掘立柱建物は、倉庫もしくは物見櫓であったろう。

墳墓には、成人を埋葬した土壙墓と幼小児用の小型甕棺墓があり、豊富な人骨資料も得られた。人骨には風習抜歯のあるもの、卜骨を伴うもの、イヌを陪葬したものなどが知られた。出土遺物では、断面三角形の粘土帯を口縁部に貼り付けた甕を特徴とする無文土器のほか、骨角器・鉄器・石器などが出土したが、特に弥生土器や楽浪土器・半両銭の出土は、交流拠点としての遺跡の性格を示すものとして注目される。

(西谷正)

以上、転載