敦煌懸泉置 とんこうけんせんち
敦煌懸泉置
とんこうけんせんち
Dunhuang-xuanquanzhi
中国・甘粛省敦煌市五墩郷に所在し、西域へと向かう主要交通路上に設置された交通にかかわる施設。1990〜92年に甘粛省考古研究所と敦煌市博物館が発掘調査を行い、漢代の塢・馬厩・建物と付属施設、および魏晋時代の烽燧などを確認した。出土した建物は総計7万点以上に達し、陶器・竹木漆器・革製品・織物などの生活用品、鉄製の犁・鎌・削・鏟・車馬具、紙・筆・硯・印章・封泥などの文房具、官府文書・詔書・律令・帳簿などを記録した竹簡・木牘35000点、帛書・紙文書が各10点あり、壁に発見された墨書題記の残片も203ヵ所を数える。さらに農作物や家畜の残骨も大量に出土した。簡牘文書の解読によって、武帝期における敦煌郡の設置以降に懸泉置が構築され、魏晋時代における放棄まで約220年間続いた。この懸泉置は置・厩・駅舎・厨の各機構からなり、交通の管理、郵便・情報通信、官吏や外賓らの送迎などに係わる業務を務めた。
(黄暁芬)
以上、転載
*辞典解説文より漢字ピックアップ
塢
ウ、オ
意味:小さな堤、小さな城、村落
犁
リ、レイ、リュウ、くろ(い)、しみ、すき、す(く)、
鏟
サン
帛
ハク、きぬ、しろぎぬ、ぬさ
