大明宮 だいめいきゅう
大明宮
だいめいきゅう
Daminggong
中国・陝西省西安市にある唐の宮殿で唐長安城太極殿の東北に設けられた。貞観8年(634)に創建され永安宮と称したが、翌9年に大明宮と改称された。その後、龍朔2年(662)に蓬莱宮、咸享元年(670)に含元宮と呼ばれたが、神龍元年(705)に大明宮に復した。晩唐の中和3年(883)に兵火で焼けたのち修復されたが、乾寧3年(896)に2度目の兵火に遭って廃墟となった。中国(社会)科学院考古研究所が1957〜62年と80〜84年に調査した。大明宮は南部が長方形、北部が台形を呈し、面積3.2㎢で12の城門がつく。南面中央の丹鳳門が正門で、東に望仙門と延政門、西に建福門と興安門があり、丹鳳門の南が道幅約176mの丹鳳門大街となっている。東面の左銀台門に左羽林・左龍武・左神策の左三軍、西面の右銀台門と九仙門外に右羽休・右龍武・右神策の右三軍が駐屯して宮廷を警護していた。大明宮の南部には3条の城壁が東西に走り、北部に太液池がある。城壁は版築による土壁で門付近と隅部のみに塼が用いられた。衙署の中心である含元殿、宴会の場である麟徳殿、道教関連施設である三清殿・清思殿・宣政殿・紫宸殿などの宮殿が建てられた。
(吉田恵二)
以上、転載
