円筒埴輪 えんとうはにわ
円筒埴輪
えんとうはにわ
埴輪という用語は、『日本書紀』垂仁紀32年条に見える、殉葬を止め、人馬や各種の物を粘土で造形した「埴輪」を陵墓に樹立することにした、という記事に起源を持つ。古墳に立てるために作られた土製品である埴輪の中で、もっとも普遍的に出土する円筒埴輪は、吉備の弥生時代後期の特殊器台を祖型にして、古墳時代の始まりとともに畿内で成立し、地方へと拡散しつつ、6世紀代まで使用され続けた。分布は近畿を中心に、北は岩手県、南は鹿児島県、西は韓国全羅道まで広がっており、前方後円墳の分布範囲と重なる。韓国では円筒形土器あるいは花盆形円筒形土器とも呼ばれ、光州明花洞古墳、月桂洞1・2号墳、羅州新村里9号墳、徳山里8号墳、咸平老迪遺跡、和順白巌里古墳や慶尚南道固城松鶴洞1B号墳で出土した。時期は5世紀中葉〜6世紀前半で、成形に倒立技法、調整に叩きを用いるのが主な特徴である。その他、朝顔型埴輪が月桂洞1・2号墳で、壺型埴輪が新村里9号墳、徳山里8号墳で、底部有孔壺が羅州伏岩里2号墳、咸平チュンナン古墳で出土している。
(小栗明彦)
以上、転載
