海獣葡萄鏡 かいじゅうぶどうきょう

海獣葡萄鏡
かいじゅうぶどうきょう

鏡背文は突出した界圏で大きく内・外区に二分され、内・外区とも西方に起源を持つ葡萄唐草文を下地にして内区には主に獅子(狻猊)・龍形・天馬・ヒョウ・クジャクなどの中国的禽獣文を、外区には主に小禽やトンボ・チョウなどの昆虫文を配した特徴的な文様を持つ鏡である。この名称はすでに宋代に著された『博古図録』(1107年)に登場している。鏡体は厚手で白銅色を帯び、ほぼ垂直で高い縁と伏臥した獣形の鈕を持つ。鏡体には方形もあるが、円形が多い。鏡径は30㎝から5㎝大のものまであって多様であるが、大型の類が一般に文様も精緻である。中国の初唐から盛唐にかけて(7〜8世紀)流行した鏡で、唐代の墳墓のほか西アジアにも出土例がある。日本では正倉院や社寺に伝世されたものに優品が多い。法隆寺五重塔心礎の埋納鏡は法隆寺再建論の傍証となった。高松塚古墳の鏡は、陝西省西安市洪慶村の独狐思貞墓と西安市十里鋪の337号墓に同型鏡があって、その唐墓の年代から7世紀末〜8世紀初めと推定された。この鏡式には同型鏡が多く見られる。

(藤丸詔八郎)

以上、転載