このほど、およそ9年の歳月をかけて編集を進めて参りました『東アジア考古学辞典』がようやく発刊の運びとなります。
いずれの学問分野におきましても、基本資料の集成や専門辞典の編纂といった作業は、一定程度にそれぞれの学問の進歩が背景となって実現が可能となるものです。日本考古学は、周知のとおり、明治時代以来こんにちまでの調査・研究の歩みの中で、特に第二次世界大戦後、科学としての考古学のめざましい発展を成し遂げてきました。その過程で、たとえば戦前の森本六爾・小林行雄による『弥生式土器聚成』や戦後の日本考古学協会による『日本考古学辞典』などの編集・発刊は、日本考古学の進歩、発展という点で画期的かつ象徴的な事業であったといえましょう。
現在、世界の各地で、考古学的調査・研究が地球規模で行われているといっても過言ではありません。そして、各国でも時代別・地域別・問題別などの個別研究も大きく深められるようになりました。前者に関しては、世界各地でそれぞれ独自の科学的発展を遂げてきましたが、もちろんアジアにおいても例外ではありません。たとえば、中国の『中国大百科全書ー考古学』や韓国の『韓国考古学事典』のように、それぞれ特色のある辞典が編纂されています。そして、アジア諸地域では、それぞれの自国史研究を展開し、また、諸地域間交流史の研究も重要な位置を占めることが明らかになってきました。
そうした現状に鑑みて、アジアという視野での広域史や辞典の編纂が望まれるようになりました。特に、日本にとってもっとも関係の深い朝鮮半島、とりわけ韓国における調査成果には目をみはるものが続出しています。もちろん北朝鮮にあってもそれ相当の成果が見られるものの、学術情報の入手はけっして容易ではありません。そのような状況下で、韓国・北朝鮮における調査・研究の成果を紹介することは、日本考古学にとって大きな意味を持ちます。一方、日本考古学の調査・研究を東アジア史の視点で進めるとき、朝鮮半島のみならず、北東アジアから東南アジアまで、関連諸地域の状況を正しく理解しなければなりません。
そこで、この『東アジア考古学辞典』は、東アジアの一員である日本を含めて、朝鮮半島を中心に、広く東アジア諸地域において、それぞれ最小限基礎的な項目と、日本考古学の中の東アジア諸地域との交流史に係わる関連事項などを収録することにしました。さらに、物質資料を調査・研究対象とする考古学という学問の性格上、時代を問わず原始・古代から近世・近代さらには一部で現代までを取り上げました。このようにして編纂作業を進めて参りました『東アジア考古学辞典』がこのたびようやく発刊することができるようになりました。この上は、本書が東アジア諸地域あるいは日本の考古学の調査・研究に携わる研究者はもとより、関心を持たれる多くの方々に広く活用されることを願ってやみません。
なお、最後になりましたが、本書の刊行にご理解・ご協力とご尽力をいただきました執筆者の皆さま方と、編集を担当された福島光行氏のほか、菅原洋一氏ら東京堂出版の関係者の皆さんに、心から深く感謝申し上げます。
2007年4月30日
西谷 正