三郎城跡 さんろうじょうあと

三郎城跡
さんろうじょうあと
Samnangseong-ji

 

韓国・仁川広域市江華郡吉祥面温水里にある鼎足山(標高220m)に所在する高麗〜李朝(朝鮮)時代の山城。別名「鼎足山城」ともいう。石築城壁は周長約2.3㎞、高さ2.3〜5.3mで4ヵ所の城門(石造アーチ門)がある。南門の門楼は1739年に造られた。初築年代ははっきりしないが、モンゴル侵入時の高麗高宗24年(1237)に江華島遷都が行われ江華城が築城されており、三郎城もこれと同時期に江華島南方の防衛拠点として築造・整備されたと思われ、1259年には城内に離宮を創設している。その後、李朝時代にも修築・維持された。三郎城は李朝高宗3年(1866)にフランス極東艦隊7隻が江華島へ侵攻したとき、梁憲朱将軍が三郎城で待ち伏せし、フランス軍陸戦隊160人を撃退した戦勝地でもある。(丙寅洋擾)

(向井一雄)

以上、転載

 

 

 

*辞典解説文から漢字ピックアップ


ジョウ、さわ(ぐ)、な(らす)、みだ(れる)、わずら(わしい)

丙寅洋擾=へいいんようじょう