スキタイ文化 すきたいぶんか

スキタイ文化
すきたいぶんか
Scythian culture

基本的にはヘロドトスの『歴史』などの文献が伝える黒海北岸一帯のスキタイ民族のBC7〜3世紀の文化に限定される。しかし、東の興安嶺から西のヨーロッパ東部にいたる、ユーラシア中央の騎馬遊牧民文化に共通する武器・馬具やこれらを飾る動物文が、古くから注目を集めてきたBC4世紀代のスキタイ王墓で発見された黄金宝器などと一致することから、この名称を冠して理解することが長く続いている。ヘロドトスの記述では、スキティアに居住していたのは、王族・遊牧・農耕・農業スキタイの4集団であるが、これまでに黒海北岸のステップや森林ステップでは巨大な王墓を含む古墳群・群集墓・ゴロディシチェ・集落跡など厖大な数にのぼる遺跡が調査され、多角的な分析が進められている。また、同書が伝える先住のキンメリア人、西アジアへの侵入、ダリウスⅠ世の遠征、ギリシャ植民都市との関係などの諸問題に言及した議論も活発に長く続けられている。

(藤川繁彦)

以上、転載