聖徳王陵 せいとくおうりょう
聖徳王陵
せいとくおうりょう
Seongdeokwang-neung
韓国・慶尚北道慶州市朝陽洞にあって、統一新羅時代に当たる新羅第33代聖徳王の陵。明活山の東南麓に立地し、古くから聖徳王陵と伝承されてきた信憑性の高い王陵と考えられる。平面円形、直径約17mをなす墳丘の裾には、寺院建築における壇上積基壇のような化粧石、つまり護石がめぐらされている。そしてその護石に接して、丸彫りで獣頭人身の十二支神像と、その外側に石欄干が配されている。さらに円墳の周囲に石獣4基と、前方に石床1基、文武の両石人を東西に1基ずつ配置した。『三国史記』によると、聖徳王36年(737)の薨去に際して、移車寺の南に葬ったと伝える。ちなみに移車寺跡は、聖徳王陵の北約880m地点に残る寺跡が当てられる。一方、聖徳王陵の南約50m地点に残る亀趺があり、その付近から石碑断片が出土している。これに関連して、『三国史記』が2代後の景徳王13年(754)に聖徳王の碑を立てたと伝えるのは、その亀趺の上に立っていた陵碑のことを示すと考えられる。
(西谷正)
以上、転載
