新村里9号墳 しんそんり9ごうふん

新村里9号墳
しんそんり9ごうふん
Sinchon-ri-9(gu)ho-bun

韓国・全羅南道羅州市潘南古墳群を代表し、甕棺を内部主体とする古墳。紫微山東側に展開する新村里7〜9号墳、徳山里7〜14号墳からなる支群の中心的古墳で、1917・18年に朝鮮総督府によって発掘された。この調査で甕棺11基が重複して検出され、特に上層の乙棺からは金銅冠・金銅飾履・環頭大刀などの豪華な副葬品が出土し、栄山江流域の首長墓として注目を集めたが、調査報告書が発刊されず詳細は知り得なかった。1999年、整備事業のため国立文化財研究所によって墳丘と周溝が再調査された。その結果、丘陵の頂上部に4mほど盛土して築造されたものであることが明らかとなった。墳丘盛土は周囲に土坑を連続させて掘って得たもので、採土痕が四辺をめぐる溝を形成し、その規模は最大幅7m、最深部2mほどであった。溝の内辺を基準に測った墳丘底辺の規模は30.5×27.5mで、溝底から墳頂までの垂直高は6〜7mを測る。そして墳丘封土内に甕棺が上下2層に重なって埋納されていて、上層の甕棺の埋納に際して墳丘の拡張がなされていたことが確認された。墳丘の斜面で下層の甕棺と対応する高さで、円筒形土器が東西17×南北19mの方形に配列された状態で検出された。北側と東側を中心に全部で32個体が確認された。円筒形土器は脚台を思わせる底径20㎝内外のいくぶん円錐気味の円筒を下部とし、その上部に壺形あるいは花鉢形の器の載る2種類に分かれるが、壺形は2個体に過ぎなかった。高さ60㎝ほどで器面の風化状態から上部の上から3分の2ほどが墳丘上に露出していたことが知られる。これらは日本列島の古墳時代に盛行した円筒埴輪に類似するもので、前方後円形古墳以外の在地系の甕棺のみを内部主体とする墳丘墓で初めて発見された例である。栄山江流域の大型墳で確認されたもののうちでもっとも古く、この地域での埴輪習俗の採用をはじめとする対倭交渉を考える上で重要である。

(大竹弘之)

以上、転載

 

 

*mapは新村里古墳群